日本橋兜町は証券の街であり銀行発祥の地でもある

マネー雑記

青井ノボルです。

先日、日本橋兜町にある東京証券取引所へ行く機会がありました。

明治11年、渋沢栄一らにより日本初の証券取引所が誕生。
日本橋兜町は、証券取引所の発祥地でもあります。

いまでも証券会社が集まる場所として、有名な街です。
事実、多くの証券会社が兜町に事務所を構えています。

証券のイメージが強い日本橋兜町ですが、実は銀行発祥の地でもあるのです。

この記事では、日本橋兜町で銀行発祥の地を訪ねて感じたことを書いていきます。

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明治6年に第一国立銀行創立

東京証券取引所の西口から南側に向かうと、みずほ銀行兜町支店があります。
ワタシも東証を訪れたとき、何気なく歩いていたらココに辿り着きました。

みずほ銀行の外壁には「わが国銀行発祥の地」という銘板がはめ込まれています。

明治6年、日本最初の銀行である第一国立銀行がこの地に創立されました。
初代頭取の渋沢栄一は、東京証券取引所の設立にも携わった人物です。

なお、第一国立銀行は第一銀行、第一勧業銀行を経て、今はみずほ銀行。
金融機関コードが「0001」となっているのも、この名残なのでしょうか。

すぐ近くには郵便発祥の地も

日本橋兜町ではありませんが、日本橋にはもう一つの発祥の地があります。
銀行発祥の地から徒歩数分の場所が、郵便発祥の地です。

日本橋郵便局の入口に、銅像とともに郵便発祥の地の碑が置かれています。

近代郵便の父として知られる前島密が、郵便制度を確立。
明治4年、日本最初の郵便局がこの地に創設されたとのことです。

140年の月日を超えて

話が少し逸れましたが、日本橋兜町は証券の街として有名です。

これはもちろん、東京証券取引所の存在があるからこそ。
証券会社がこの地に集積したのは、当然の流れですよね。

そして、先ほども触れた通り銀行発祥の地でもあります。
日本橋兜町から、日本金融の歴史が始まったといっても過言ではありません。

それから140年以上の月日が流れて、2018年のいま。
良くも悪くも、時代は大きく変わりました。

明治時代の日本橋兜町で、どのように金融の歴史が始まったか。
詳しくは分かりませんが、きっと様々な想いがあったハズです。

今はインターネットの普及で、場所を選ばず金融取引ができます。
日本橋兜町をはじめ、リアルな場所を意識する必要性は低いです。

それでも、実際にその地を訪れて感じる雰囲気は特別というか。
上手く表現できませんが、肌で感じる何かがある気がします。

アナログな感覚は、デジタルな世の中だからこそ大切にしたいものです。

 

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